日本の金貨の歴史

日本の金貨の歴史としては、淳仁天皇の天平宝字4年に発行された開基勝宝(かいきしょうほう)という金銭が始まりです。この1枚で、銀銭10枚に相当します。ただ金銀銭は実際にほとんど流通する事がなく、中世まで金銀に鑑定は秤量貨幣という立場でした。そのため、形を成さず砂金という状態で使用されることも多かったのです。金は東日本、銀は西日本に使用されていたようです。

銀の前に金が計数貨幣として整備されました。戦国時代、武将たちが日々闘っていた時代、武田信玄が活躍していた甲斐国で甲州金が発行されました。しかしこれは貨幣として流通したものではありませんでした。なんでも派手な事が大好きだった豊臣秀吉が作った天正大判金は、近代においても金貨として世界最大のものとされています。

江戸時代になると小判や一分判など全国を流通する事を目的にした定位金貨(数量金貨)が発行されました。これは幕末まで継続します。秤量貨幣として発足したものですが、やっと江戸時代の末期になって、銀貨とは対照的な形で貨幣としての金貨の価値がでてきたのです。

こうして考えてみると、金貨というのは中々定着しない物だったのです。しかしこの先は、日本銀行券、つまり日本銀行発行の紙幣と金貨を交換する事が出来るようになり、その価値も保証されたいったことで、近代金貨は変わっていきます。